水路沿いに約290本のソメイヨシノが植えられ、春になれば見事な桜色に染まる葛西用水桜通り。医療器具メーカーの三祐医科工業は、そのほとりに位置している。工場内には数名の職人が在籍し、真剣な眼差しで工作機械を操っていた。
「現在ウチで働いているのは、全部で7人。創業からずっと鋼製小物と呼ばれる金属製医療器具を製造しています」
そう話してくれたのは、小林祐太さん。創業者の孫にあたる人物だ。大学を卒業してからメガネメーカーや人材系ベンチャーでVMDや営業を経験した後、2020年に同社に転職。現在は営業や経理などを担当している。
三祐医科工業が創業したのは1972年。15歳のときに地元福島から上京した創業者が医療器具職人のもとに弟子入りし、10年の後に暖簾分けで独立したのだと小林さんは教えてくれた。
「最新の医療現場で使われている器具だからといって、最新の機械で加工しているわけではありません。むしろ、逆。熟練の職人が調整や仕上げに時間をかけながら、人の手を使って作業にあたっているんです」
たしかに工場内には、マシニングセンタのように人の背丈ほどもある機械は見当たらない。多くは卓上に設置された程度の機械で、細かな切削や研磨といった作業を繰り返している。手先の感性を活かしたモノヅクリが、医師の手に馴染む名器具を生み出している。
「ご覧の通り当社は手加工がメインですので、10cm程度、大きくても30cm以内の医療器具を取り扱っています。聴診器をはじめ鼻腔を広げる器具や開腹後の血を拭き取る鉗子など、内容はかなり多彩ですね。取り扱う素材の7~8割は真鍮で、残りがステンレスや銀になります」
三祐医科工業が医療器具メーカーとして信頼を勝ち得ているのは、ひとつに仕上げの丁寧さにあると小林さんは考えている。
「やはり人の体内に入れるモノですので、わずかなバリも許されません。機械部品であれば許容できる範囲でも、医療器具はそうではありませんから。そのため研磨作業にはどこよりも時間をかけて滑らかにし、顕微鏡を使って細かく検品しています。そこが当社の強みだと思います」
医療器具の製造や販売には厚労省やPMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)の認可が必要であり、納入先の商社を介して認可申請が行われているという。半世紀以上にわたりそうした手続きを不具合なく通過してきたことも、高い品質を維持してきた証左だ。
また事業の持続性を高めるため、人材の育成や福利厚生にも力を入れているという。
「この手の仕事は職人の高齢化が問題になりやすく、人手不足で廃業する同業他社をたくさん見てきました。当社は老若男女に向けて門戸を広げ、適正のある方に働いてもらうべく、都合に合わせて勤務時間を短縮したり、社員一人ひとりのスタイルに合わせて働けるよう配慮しています」
医療業界からの信任も厚い三祐医科工業だが、常に順風満帆というわけではないという。
「祖父のころは『いいモノを作っていれば売れる時代』だったと伝え聞いています。しかし、近年は医療機器にも安価な海外製が入っていますし、マイナカードリーダーの導入といった変化についていけない個人病院が廃業する傾向にあるなど、安穏としていられない状況なんです」
待ちの姿勢を脱却しようと、00年代半ばから精力的に展示会に参加。あるとき棒状の医療器具を耳かきと勘違いした来場者がいたことから、「実際に作ってみよう」と発起。どうせならと医療器具水準の技術を注入して試作品を仕上げたところ、各位から評判を呼び、2012年に「医療器具屋さんが作った耳かき」として発売。
「金属の持ち手部分には綾目ローレット加工を施して滑りにくくし、先端には柔軟性のあるポリアセタール樹脂を使用しました。好みに合わせ、全5種類を発売しています」
初のBtoC製品だったが、モノにこだわる層を中心に売上を伸ばし、売上の新たな柱にまで成長した。巣ごもり需要もあったコロナ禍には、1日に100本も売れたことがあったという。
現在の売上は医療機器製造が約70%、計測器や工業用製品の部品製造が約15%、残り約15%がオリジナル耳かきのBtoC事業という構成比だ。今後はBtoC事業を約30%にまで伸ばしていきたいと、小林さんは想いを口にする。東東京モノヅクリ商店街に参画したのも、そのためだという。
「2023年に、耳かきの最上位モデルを新開発しました。溝の数を増やして耳垢の除去性能を高め、持ち手には手術器具で使われているのと同じプロ仕様の梨地メッキも施しています。クラウドファンディングで先行販売したところ多くの方から支援をいただき、手応えを感じています」
同製品に魅力をより多くの人に伝えるため、東東京モノヅクリ商店街とともにパンフレットのデザインを煮詰めている。
「いつか海外にも売り進めていきたいと考えているんです。欧米では耳かきではなく綿棒を使うそうなのですが、耳かきのよさを伝えることができればチャンスはあると思っています」
今後は毛抜きや舌磨き器具、ペット用ケアグッズなど、体に触れるグッズの企画・製造・販売も視野に入れている。
「技術を磨くだけでなく、技術があることを世間にアピールする力がないといけません。そうすれば、これからの日本のモノヅクリももっと成長していけるはず。私たちも医療器具メーカーであることを武器に、いろいろと仕掛けていきたいと考えています」