新御徒町駅のすぐ近く、多くの区民や来街者が利用する清洲橋通り沿いの中層階ビルに野村製作所はある。国内最大規模のサンプル室を持つ革製小物メーカーであり、創業から100年を超えている。
「ここらへんは100年超えの企業が割とありますし、交流会で訪れる京都では『300年でも下っ端』といわれますから、自分から『100年企業なんです』ということはないですよ(笑)」
そう謙遜するのは、代表取締役の野村俊一さんだ。ここ東上野の本社と栃木県の営業所でおよそ20名の社員が在籍し、数多くの革製小物を生産している。今日の革業界では分業制が主流だが、社内に職人を抱えることで企画から生産まで一貫したモノヅクリを実現している。
創業は1923年。革職人だった野村俊一さんの祖父が独立し、浅草に野村商店を創業したのが発端だ。その後、代表職は父、そして母へと受け継がれ、現在は俊一さんが四代目を務めている。
取り扱っている製品は財布やカードケースを中心に、ミニバッグやポーチ、雑貨など多彩だ。内訳としては婦人ものが大多数で、職人たちを率いている細野悠介さんは、特に柔らかさにこだわって作業にあたっていると説明する。
「紳士ものは直線的でピシッとした表現が好まれますが、婦人ものは柔和な雰囲気を好むケースが多く、表現が難しいですね。また、手に取ったときの感覚の良し悪しで買うか否かを判断される方もおり、温かみや心地よさを感じられる質感も重要視しています。流行のサイクルも紳士ものより早く、常に市場のニーズを読み取ったうえで製品に反映できるよう努力しています」(細野さん)
野村製作所には腕の良い職人が数多く在籍し、高品質なサンプルを作れるのがウリだ。売上の95%はOEMで、国内外のブランドから引き合いを得ている。野村さんは、「こだわりの強いデザイナーとの折衝が一番神経をすり減らす」と笑みを浮かべるが、それだけ多くの関係者から信頼を得ている証でもある。細野さんも「図面だけではわからない領域を汲み取って形にするのは大変」だと吐露するが、そこにやりがいも感じているという。
「採用する革の厚みや柔らかさ、曲線の雰囲気……自分の手の感覚を大事にしながら、理想の形を突き詰めていくことに尽力しています」(細野さん)
OEMのほか、残りの5%はオリジナルブランドの売上だ。十数年前から少しずつオリジナルの製品化に着手し、大手百貨店の催事に参加。直接ユーザーの声を拾い、ニーズを知っては次の製品作りにフィードバックしてきた。
「大きな転機になったのは、2019年3月から東京駅の駅ナカ商業施設『エキュート』に出店できたことです」と話すのは、企画担当の新美奈津子さんだ。
「東京駅南通路の整備工事を機に閉店したのですが、それまでの約5年間にいろいろなオリジナル商品を作ってきました」
高品質な革をシンプルなデザインに落とし込んだ「CROCCO(クロコ)」と、ポップでかわいらしい小物を展開する「のむのもの」を展開。自社ECでも積極的に販売している。
東東京モノヅクリ商店街に参画した目的は、そのオリジナルブランドの強化。当初は立ち上げて間もなかった「CROCCO(クロコ)」の強化を検討していたが、担当者と協議を重ねた結果、新規顧客層の獲得が見込まれる「のむのもの」のリブランディングにフォーカスすることに。
「東京駅というインバウンド客も多い立地であったことから、『東京土産』といえる製品づくりを始めたんです」(新美さん)
「たとえば縁起の良いダルマ型や招き猫型のポーチ、今年の干支である巳をラッキーカラーで表現したペンケース、おにぎりや富士山の形をしたポーチなど、日本らしいモチーフを採用しています。ダルマはホックボタンで目が取り外せたり、おにぎりポーチの内側に梅干しのデザインがあったりと、細部にもこだわりました」(細野さん)
「東京土産」という明確な新コンセプトを旗印に、オリジナル製品のさらなる売上拡大を目指している。
屈指の革製小物メーカーとして業界を牽引する野村製作所だが、現在置かれた立場に安穏とはしていない。ずっと以前は海外工場への発注も多かったというが、国内産業の空洞化を少しでも回避すべく、自前の生産体制を強化するよう傾注していったという。
「うちの一族の出身地であり、皮革企業も多い栃木のほうに2014年に営業所兼研修所を設けました。自前の生産力を高めることに加え、職人さんの養成も目的としていて、技術習得後の独り立ちを積極的に奨励しています」(野村さん)
こうした動きについて、野村さんは「業界全体の活性化なんていう大層な話まで考えてはいない」と話すが、優秀な作り手を一人でも多く生み出すことは、日本のモノヅクリの未来を明るくする行為に違いない。
今後ますますキャッシュレス化が促進され、野村製作所が主力としている財布やカードケースのニーズも大きく変わろうとしている。
「いずれなくなるか、形を変えることは間違いなく、当社のモノヅクリをどういう方向にもっていくかは今後の大きな課題です。しかし、『何が何でもこの革がいいんだ』といった執着はないんです。時代時代で、必要とされるモノを作っていくだけ。モノヅクリの企業として、これからもできるかぎりのモノをお届けしていきたいと考えています」(野村さん)
有限会社 野村製作所
〒110-0015 東京都台東区東上野1-28-10
TEL :03-3837-2314
URL : https://www.nomura-leathercraft.com/