音楽の世界に触れたことのある人は、このメーカーの名を聴いたことがあるはずだ。関連アクセサリーや雑貨を製造するナカノは、1967年の創業以来、日本の音楽産業を陰で支えてきた。
創業者である中埜氏は東東京の下町でべっ甲製品を中心とした問屋業を営んでいたが、フォークソングブームを受けて若者がこぞってギターを手にする状況を目にし、本べっ甲によるギターピック製作を思いつく。
「当時、ピックはギター購入時にタダでもらえるサービス品という扱いで、単体製品としての流通がほとんどなかったことに目をつけたそうです」と語ってくれたのは、創業者の息子で現代表取締役の中埜貞昭さんだ。
「ほとんど競合もなく、端材を削り出せばいいから小さな資本ではじめられるとチャンスを見出したようです。そういうところに、鼻の利く人だったんですよ」
まもなく取り扱う素材やデザインの幅を拡充。ヤマハなど大手メーカーのOEMを受ける一方、独自ブランド「ピックボーイ」を設立した。ギターを手にしたことのある人のほとんどが利用したことがあると言えるほど、メジャーな存在へと成長していく。
「ピックボーイ」によって音楽業界へと踏み込んだ後、別の視点から商機を見出していく。
「お得意様が手掛けている楽器の製造は避けつつも、楽器売り場に出せる商品を検討していたところ、目をつけたのが指揮棒でした。これまでの木製に代わり、ファイバーグラスやカーボングラファイトといった高価格な製品が開発されはじめた頃なのですが、指揮棒を保管するものは特別用意がなかったのです。そでこ先代は製品のイメージアップのために、専用ケースを開発し、ケース入りで指揮棒を販売することにしました。 また、別に高級楽器ケースのような指揮棒ケースも開発をして、指揮棒の付加価値を上げることに成功したと思います。今では国内だけではなく、世界の楽器店で販売され多くの指揮者にご愛用いただいております。
また、高度経済成長期にピアノ教室が全国に展開されはじめると、レッスンを教える先生と生徒の双方に、楽譜を譜面台に固定するクリップや筆記具を求めるニーズがあることを把握。音符型クリップなど音楽の世界観に合ったグッズを開発すると、これがヒットした。雑貨販売は、主力事業のひとつとなっていく。
いずれも、創業者のアイデアマンとしての才覚が発揮された事例だ。
1970年代の終わりからは、フランクフルトの楽器・音楽関連見本市など国際的なイベントに出展し、販路を世界へと拡大。ヨーロッパ各国から太平洋の小国にまでナカノの製品が広まるが、バブルが弾けて円高傾向が強まった1990年代半ばからは輸出の利幅が狭まり、再び国内市場へ軸足を移していった。
その際、新たな事業として進出したのが子供向けの知育楽器だ。
「私に子供が出来たのもきっかけでした。20年近く国際的な取引を行ってきた経験から技術力のある楽器製造工房を知っており、パーカッションはインド、木琴は日本と信頼のおける工房で本物志向の知育楽器を製造・販売しています」
そうして同事業は、3つめの事業として成長。
現在の売上構成比は、ピックなど楽器アクセサリー類が約3割、文房具など雑貨類が約4割、知育楽器が約3割と、見事な“3本柱”となっている。
ナカノが保有する独自の財産は、半世紀以上の歴史で培ってきた音楽業界のコネクションだ。取り扱う商材の広さから関係を持つ業界は広く、国の境界もない。現代表取締役の中埜貞昭さんはアメリカの高校で学び、入社以来海外市場開拓の為にアメリカやヨーロッパを仕事で飛び回っていた。
「国際的な人脈も製造先のコレクションも、その頃からです。知育楽器事業のスタートも、海外で同市場が受け入れられている状況を体感してのことでした」
東京に息づく小さな会社であっても、その目線は常にグローバルに向けられている。
コンサートもレッスンも密な空間が求められる音楽業界に、コロナは激しいダメージをもたらした。ナカノにとっても影響は大きく、新たな第四の事業を模索することになった。検討の末に着手したのが、子供向け英会話レッスンのオンライン配信だ。
「著名ギタリストのクロード・チアリさんの娘である 〜 彼女に出演していただき、知育楽器を使いながら音楽にのせて楽しく英語に親しむ、子ども向けの e – ラーニング 映像コンテンツを配信しています」
まずは認知度と制作体制の向上を期して、YouTubeで定期的に無料公開している。ゆくゆくは他のコンテンツも加えて有料配信や関連グッズの販売、ワークショップの開催などを行い、収益化を果たしていく狙いだ。
東東京モノヅクリ商店街には、「なにか新しいことをやりたい」という想いの下、コロナ騒ぎの前に参加を決めた。さまざまな知見が集まるこのプロジェクトの協力を得て、同配信事業を展開させている。
「これまではモノありきのビジネスばかりでしたので、e-ラーニング配信事業ははじめての連続です。生活様式が大きく変化する今日、e-ラーニングと製品のコラボレーション “NAKANO COLLECTION” は挑戦しがいのあるライフスタイル事業だと感じています。