両国国技館から北東方向に車で5分進んだところに、ニット製品の製造メーカーであるフルカワの本社がある。場所は、墨田区石原。東西に伸びる蔵前橋通りを中心に住居や中小企業の社屋が入り乱れた土地だ。
「ここ石原二丁目は、俗に言うメリヤスや肌着を製造するメーカーやミシンのディーラーがたくさん集まっていた地域です。『石を投げれば必ず繊維業関係者に当たる』なんていわれていたんですよ」と教えてくれたのは、フルカワで二代目代表取締役を務める古川昌宏さん。表情には一抹の寂しさが見て取れる。「でも、もうウチだけになってしまいました。あそこのマンションも、遠くに見える介護施設も、昔は同業者がいた場所だったんですけどね」
そうした歴史のある土地でフルカワは現在も魅力のあるニット製品を世に送り出し、業界から高い信頼を得ている。
起業は1958年。工業用ミシンの販売修理業を営んだ後、横編み附属(ニットリブ)製造業を営んでいた古川さんの父が会社を興した。1995年に二代目を継ぐと、1997年にインクジェットプリンターを他社に先駆けて導入。2000年代初頭にはミシンを使った縫製業務をビジネスパートナーに移譲し、経営に改革をもたらしていった。
「1990年代当時はポロシャツの襟など、月に20万枚くらい横編み附属のオーダーが入っていました。しかし、だんだんと韓国製や中国製の安価な衣料品が大量に輸入されはじめ、国内製造の需要が下がってきました。“選択と集中”をすべきだということで、利幅が大きな横編み附属製造を残し、ミシンによる縫製業のほうは担当者に事業を丸々移譲したんです。2003年に新社屋を建てたころには、そうした新体制ができ上がっていました」
さらに2005年には帽子や手袋などを一台で編み上げられるホールガーメント小物編み機を導入し、最終製品まで手掛けることが可能に。
現在はインクジェットプリント、横編み附属、ニット小物製造の3つが事業の柱だ。
フルカワの強みは、まさにこの3つの事業が組み合わさっている点にあると古川さんは自信を覗かせる。
「当社が導入しているインクジェットは、おそらく東京ではうちにしかない設備です。極端にいえば、糸さえあれば高精細に染色した服飾小物を受注したその日のうちに完成させられるんです」
多様な設備をそろえ、外注にも依存していないフルカワだからこそ達成できる仕事だ。複雑なオーダーでもスピード感を持って対応し、高品質な製品を納入できることが他社にない強みになっている。
売上割合は月によって上下はあるものの、インクジェットプリントが約45%、横編み附属が約45%、ニット小物製造が約10%だという。ニット小物製造はオリジナルブランド「ザ・フルカワ」として商品を展開しており、経営の体力を増強するためにも同事業の売上を増やしていきたいと古川さんは考えている。
新型コロナウイルスの渦中にあったときは、和紙でマスクを製造。大きな飛沫の拡散を防ぐとともに、肌触りのよさでファンを獲得した。和紙素材による編み込み技術を高めた後は、5本指の靴下を製造。インクジェットで高精細な和柄も表現し、国内外の消費者の興味を喚起した。最近では、横編み附属を製造する際に生じる糸の切れ端を再利用して、ビニール傘の持ち手に取り付けるカバーを開発。無駄をなくすというサステナブルな意識を反映させたモノヅクリで、各所から好感触を得ているという。
東東京モノヅクリ商店街に参画したのも、オリジナルブランドのさらなる成長が目的だ。新しいアイデアを発案する刺激やブランディングの参考になることを期待している。ギフトショーやノベルティーなど、純粋なアパレルとは違った展示会とつながりがあることも興味を引いた。
「アパレル業界なら、ウチのことを知っている人は多いんです。でも、ちょっと違う業界にいくと、まったく知られていませんから。たとえば、ウチではずっと前から半纏柄をプリントしたTシャツをOEMで製造しているんですけど、業界外の人が見ると毎回プリントの精細感に驚かれるんですよね。当社の技術を望まれている方は、まだまだ数多くいらっしゃるのだと感じています」
およそ30年前と比べると、アパレルメーカーから受ける1製品あたりの注文数は1/10ほどに落ち込んでいるという古川さん。製造ロット数の低下が定着した半面、アパレルメーカーではない顧客からの依頼が増えているという。
「最近はイベント系メーカーからの依頼が増えています。当社はプリントも服飾小物の製品製造もできますから、『こだわったモノを作ってくれるメーカー』として受け入れられているのだと思います」
ファッションに対する消費者の意識は、昔とはずんぶん変わった。ファストファッションブランドの台頭や衣服に費やす可処分所得の減少など業界を取り巻く変化を冷静に受け止め、正しい選択をしていかなければならないと古川さんは決意している。
「次に進む方向を考えていかなければなりません。たとえば、調湿性や履き心地に優れた和紙製靴下をリゾートホテルのアメニティーグッズとして提供したり、名入れの服飾小物を結婚式の引出物にしたりと、新しい価値を創造することに商機があると考えています。場合によっては、これまで歩んできた道を180度変えるくらいの勢いでなければ成長はできないでしょう。だから、これからもたくさんのオリジナル製品を作り、多くの方の目に留めてもらえるよう活動していくつもりです」