隅田川のほど近く、大小さまざまな製靴工場が並ぶ足立区の千住緑町に、シブヤ製靴の大きなビルがある。工場と事務所機能が同居し、広々とした作業場で多くの職人が仕事に取り組んでいた。
「実はここ、2022年に引っ越してきたばかりなんです」
そういって現れたのは、代表取締役の吉田大介さん。三代目として、事業を受け継いだ人物だ。20年以上前に入社し、現職について5年ほどが経過したという。
「ここも、やはり元は製靴企業の工房で。知り合いの靴屋さんがこの場所を引き払うという話を聞き、それならばと買い取らせてもらいました。それまでの社屋は増築を重ねた木造建造物で、あちこちに不具合があったので、渡りに船だったんです」

シブヤ製靴は1962年に創業した。「日本の靴の聖地」と言われる浅草では、かつて数百を数える革靴製造業者が事業を営んでいたものの、現在は100社を切るほどに。「毎年どこかしらがなくなっている状況」だと吉田さんは話すが、そうした状況においても事業を継続できているのは「一貫してメイド・イン・ジャパンの靴製造を続けている」からではないかと教えてくれた。
「中国などの海外に製造委託したほうが、大きく儲かった時期がありました。そのほうが人手も設備も少なくてすみますから。しかし、海外での製造コストが上がってくるようになると、足元の生産力が衰えてしまったために生産体制をもとに戻せず、それで行き詰まってしまうことが多かったようです。当社はずっと日本国内での製造にこだわり続け、国内大手ブランドのOEMを受注させてもらっています」

得意とするのは、フォーマルなシーンに合わせる紳士靴や、ヒールものを除く婦人靴。事業売上の9割以上をOEMが占めている状況だ。その一方で、オリジナルブランドも展開。履き心地はもちろん地球にも優しいつくりを目指した「シブヤラボ」、履き回しの利くベーシックなデザインの「サービスシューズ」、柔らかなレザーを使い履き心地にもこだわったレディースシューズの「ダンスシューズ」、革靴とスニーカーの要素を合わせ持った革製スニーカーブランド「トス」など、多彩なブランドやモデルを企画・販売している。
「どこの企業さんもそうだと思いますが、やはりOEMだけでは事業の安定性に不安が残ります。収益の方法を広げるには、オリジナルブランドを立ち上げて自ら発信していかなければならないと考えました。今はSNSがあるから声を上げることはできるのですけども、認知度の拡大やブランディングは難しいですし、自前の店舗を構えるほどの体力もなく、ハードルは決して低くないですね」

現在、特に注力しているのが「トス」だ。2019年に立ち上げたスニーカーブランドで、高品質なレザーをアッパーに使用。新製品の企画から販売方法の策定まで、すべてを吉田さんが担っているという。
「当社が培ってきた革の縫製技術を活かしています。中にはホーウィン社のクロムエクセルレザーや栃木レザーといった高級素材を使ったモデルもあり、これらをスニーカーに落とし込んだものは珍しいのではないかと思います。履き込むほどに味わいが深まってくるんですよ」
また、スニーカーでありながら革靴のようにソールを張り替えられる仕様なのも特徴だ。一般的なセメント製法を採用しつつも、剥がしてもアッパーにダメージがいかないよう配慮しているため、張り替えが可能なのだという。それにより、ソールが減ってきてしまっても張り替え修理を行えば、引き続き愛用し続けられる。
「表現したいことはまだまだたくさんあるんです。作りたいものと、売れるものが同じとは限りませんけど……突飛すぎてもいけませんが、ほかではやらないことを生み出していって、ブランド力というか存在感を高めていければいいなと思っています」

自らの発信力を強化したいという想いから、東東京モノヅクリ商店街に参画。「トス」のwebサイトの刷新や、新型への助言を求めた。
「専門家からいただく助言はとても新鮮で、新しい視点をいただきました。シビアな意見も頂戴しつつ、どうすればよりよく成長できるのか、一緒に筋道を立てていきたいです」

革靴自体の国内市場が縮小しているなか、今後の見通しはそう明るくはないと話す吉田さん。しかし、最近では海外メーカーから引き合いがあり、変化の兆しを感じているという。
「国内だけでなく、海外にも目を向けることで新たなヒントはあるような気がしています。もちろん、一気にそちらに舵を切るわけではありませんが、靴に対して評価したり関心を向けたりする視点が日本人とは異なりますから。望んでくれる人に、シブヤ製靴のモノヅクリをお届けしていきたいですね」